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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2495号 判決 1980年1月28日

控訴人(附帯被控訴人)

豊和建設株式会社

右代表者

加藤章二

右訴訟代理人

増岡章三

対崎俊一

被控訴人(附帯控訴人)

大木

右訴訟代理人

源光信

奈良道博

主文

本件控訴を棄却する。

附帯控訴に基づき、原判決中金員支払請求に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し金四二一万八六三五円及び昭和五四年一月一日から原判決の別紙物件目録第一の一の土地明渡ずみまで一か月金八万一九七三円の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、その余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

この判決は、第三項に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴人(附帯被控訴人、以下、単に「控訴人」という。)は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに附帯控訴及び当審において拡張された請求につき請求棄却の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下、単に「被控訴人」という。)は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、「原判決中金員支払請求に関する部分を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し金六八六万七九一一円及び昭和五四年一月一日から原判決の別紙物件目録第一の一の土地明渡ずみにいたるまで月金一六万三九四六円の割合による金員を支払え。」との判決を求め、予備的請求につき「控訴人は被控訴人に対し原判決の別紙物件目録の第二の二の各建物及び同目録の第三の工作物を収去して、同目録の第一の土地を明渡し、かつ金三六九万〇五一〇円及び昭和五四年一月一日から右明渡ずみまで月金八万八一九〇円の割合による金員を支払え。」との判決を求める趣旨に改めた(主位的・予備的の請求のいずれも当審において請求が拡張された)。

二  当事者双方の事実上・法律上の主張竝びに証拠関係は次に附加・訂正するほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

1(一)  原判決四枚目表二行目「農地法三条」とあるのを「農地法五条」と改め、同四行目の「同条」の次に「及び同法三条四項」を加える。

(二)  同四枚目表九行目の「昭和五〇年一月一日以降」の次に「同年一二月三一日まで」を加え同一〇行目に「八万一〇四七円」とあるのを「八万一〇四八円」と改め、同四枚目裏初行の次に行を改め次を加える。

「(三) 昭和五一年一月一日以降同年一二月三一日まで一〇万二二四四円(同右)

(四) 昭和五二年一月一日以降同年一二月三一日まで一二万八一六四円(同右)

(五) 昭和五三年一月一日から同年一二月三一日まで一四万九〇四二円(同右)

(六) 昭和五四年一月一日以降一六万三九四六円」

(三)  同四枚目裏五行目から同六行目にかけて「昭和五〇年一月一日から右明渡ずみまで一か月八万一〇四七円の各割合」とあるのを「及び昭和五〇年一月一日から昭和五三年一二月三一日まで前項記載の金額の割合をもつて計算した合計六八六万七九一一円並びに昭和五四年一月一日から右明渡ずみまで一か月一六万三九四六円の割合」と訂正する。

(四)  同五枚目表初行の「賃貸借終了にともない」を削り、同裏四行目の末尾に「そこで被控訴人は本件訴状をもつて明渡を受くべき部分を同目録第一の二の土地と特定した。」を加え同六枚目裏九行目から同一〇行目にかけて「昭和五〇年一月一日から右明渡ずみまで一か月四万三四八八円の各割合」とあるのを「昭和五〇年一月一日から同年一二月三一日まで一か月四万三五九六円、昭和五一年一月一日から同年一二月三一日まで一か月五万四九九四円、昭和五二年一月一日から同年一二月三一日まで一か月六万八九七二円、昭和五三年一月一日から同年一二月三一日まで一か月八万〇二〇四円(以上の金額は、いずれも固定資産税額と都市計画税額の合算額の倍額)の各割合をもつて計算した金額の合計三六九万〇五一〇円及び昭和五四年一月一日から右明渡ずみまで一か月八万八一九〇円の割合」と訂正する。

(五)  同六枚目裏三行目の「争い」とあるのを「争う。但し昭和五〇年度以降昭和五四年度までの本件土地に関する固定資産税及び都市計画税の合算額が被控訴人主張のとおりであることは認める。」と訂正する。

2  控訴人の主張として次を附加する。

(一)  (主位的請求の第一次的主張につき)

本件賃貸借契約につき農地法五条、三条四項の各規定が適用されるとしても、同法五条所定の許可を欠くことを理由とする被控訴人の控訴人に対する本件土地明渡請求は、権利の濫用として許されない。即ち、(イ)農地法は「耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を図ること」を目的とする(一条)ものであつて、同法五条の規定もこの目的実現に奉仕するものとしてのみ意義を有するものであるが、被控訴人は、右目的に背馳し、本件土地を宅地として使用する目的をもつて本件土地の明渡を請求していることが明らかであつて、これを正当な権利行使として是認しうるものではないし、(ロ)また、昭和三四年一〇月二七日農林事務次官通達「農地転用許可基準」によれば、本件土地は第三種農地に該当し、本件賃貸借契約は、農地法五条所定の許可手続をすれば、当然許可されたものであつただけではなく、本件土地は、都市計画法に基づく市街化区域内に存在するのであるが、昭和四三年法律一〇〇号をもつて改正された農地法五条一項三号の規定は、市街化区域内にある農地については同条一項本文所定の許可を不要とするにいたつたのであつて、現時点においては、前記の許可がなかつたことを理由とする本件土地明渡請求は、その根拠を失うにいたつたものというべきである。(ハ)のみならず、本来同法五条所定の許可手続をなすべき義務を有する被控訴人が、その義務を怠りながら、右の許可がなかつたことを理由に本件土地の明渡を請求することは信義則にも違反する。(ニ)他方、本件土地は、控訴人の営業に不可欠であり、これを明渡すとすれば、控訴人は、本件土地に投下した資本が回収できなくなるばかりでなく、代替地の獲得に莫大な出費を強いられるものである。

(二)  (主位的請求の第二次的主張につき)

仮に本件賃貸借契約が被控訴人主張のように本件土地の一時使用を目的とする賃貸借契約であつたとしても、昭和四〇年一〇月一日に更新された本件土地の賃貸借契約(甲第八号証)における期間の満了目である昭和四一年九月三〇日頃には、本件当事者間の黙示的合意により、右賃貸借契約は、非堅固建物の所有を目的とする期間の定めのない賃貸借契約にあらためられたものである。

3  被控訴人の主張として次を附加する。

控訴人の右主張(一)、(二)は争う。

4  証拠関係<省略>

理由

一主位的請求の第一次的主張について

1  請求の原因1項の事実並びに大木佐一を代理する大木菊次郎が昭和三八年一〇月一日控訴人に対し、本件土地を賃料を3.3平方メートル当り月金二〇円と定めて賃貸し即日引渡したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、本件土地は、大木佐一が昭和二三年三月に自創法一六条の規定に基づく政府の売渡を受け、以来佐一の父である菊次郎がこれを耕作し、同人が昭和三六、七年頃病床についた後は、佐一の弟で川崎市内において造園業を営んでいた大木秀雄が、その全部に対してではなかつたにしても、これに疏菜類を植栽して耕作してきたのであつて、右の賃借権設定時には、本件土地には同年中に作付された茄子がそのまま放置され、その一部に葱が植栽されていたにすぎなかつたが、右の賃借権が設定されなければ、秀雄において引きつづき本件土地を利用してキャベツを栽培する予定であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右の事実によれば、本件土地は右の賃借権設定当時農地法二条所定の農地であつたものというべきである。

2  右の賃借権が本件土地を農地以外のものにするため設定されたものであること及びこの賃借権の設定に関与した被控訴人側の菊次郎及び秀雄並びに控訴会社代表者の加藤章二が右賃借権設定当時本件土地が農地であつて賃借権の設定については、農地法所定の東京都知事の許可を要するものであることを知悉しながら、あえて右許可の手続をとらなかつたことは後記認定のとおりである。

しかしながら右賃借権設定当時、いわゆる高度経済成長政策その他の影響により一般に都市部及びその周辺に存在する農地の宅地転用が急増しつつあつたことは公知の事実であるし、<証拠>を総合すれば、本件土地の周辺の農地についても、その宅地化が急速に進行していたことが認められ、また<証拠>によれば、本件土地は、昭和三七年五月三一日ガス本管埋設工事の完成により、昭和三四年一〇月二七日付農林事務次官通達農地転用許可の基準にいう「ガス若しくは上水道の施設又は下水道の整備している区域内にある農地」として、原則として転用を許可すべき右基準にいう第三種農地に該当するにいたつたこと及び本件土地の存在する世田谷区内の農地は、昭和四五年一二月二六日以降都市計画法七条一項所定の市街化区域内にある農地に指定された結果、農地法五条一項三号の適用により、同条一項所定の農地の転用は、東京都知事に対する届出があれば許可を要しないものとなつたことが認められさらに本件土地が賃借権設定後遅くとも昭和四四年頃までには原判決の別紙物件目録第二の一の(一)の建物が建築されて宅地化したことは後記認定の事実によつて明らかである。以上の認定事実によれば、右の賃借権設定契約は、おそくとも右のように本件土地が宅地化した時点において、農地法五条所定の許可を経るまでもなく有効となつたものと解するのが相当である。

3  よつて、被控訴人のこの主張は理由がない。

二主位的請求の第二次的主張について

1  本件賃貸借の目的及び賃貸期間についての当裁判所の認定は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決がその九枚目表九行目から同一一枚目表八行目までにおいて説示するところと同一であるから、これを引用する。

原判決一〇枚目裏一行目末尾に「なお、被控訴人側の菊次郎及び秀雄並びに控訴会社代表者の加藤章二は、その当時本件土地が前記認定のとおり農地であつて、これに右のとおり賃借権を設定するについては農地法所定の東京都知事の許可を要するものであることを知悉していたが、賃貸借の目的及び期間が右のとおりであつたため、あえて右許可の手続をとらなかつたこと、」を、同裏三行目に「資材置場とするほか」とある次に「昭和三九年二月から同年五月にかけて」をそれぞれ加え、同八行目「土地賃貸借契約証書」とある次に「(甲第七、第八号証)」を加え、同末行に「第一」とあるのを「第二」とあらため、同一一枚目表六行目末尾に「右一部返還の特約は被控訴人においては全部の返還を受けることを欲したが控訴人の進備の都合を考慮し一部返還を受けることにとどめたものであつたこと、」同八行目に「が認められ、」とある次に「当審証人志田武及び」を加える。

2  右の事実によれば、右の賃貸借契約は、臨時的に土建工事資材置場及びこれに付随する仮設建築物である事務所並びに飯場の建設用地として使用することを目的とし、期間を昭和三八年一〇月一日から一年と定めて締結され、昭和四六年一〇月まで一年ごとに更新を重ねてきたものであつて、建物所有を目的とする恒久的な賃借権を設定したものではなかつたことが明らかであるから、右の更新にかかわらず、借地法九条所定の一時使用のため借地権を設定したこと明らかなる場合に該当すると認めるのが相当である。

3  控訴人は、右の賃貸借は、昭和四一年九月三〇日頃には、非堅固建物の所有を目的とする期間の定めのない賃貸借契約にあらためられた旨主張するので、この点につき検討するに、<証拠>を総合すれば、右の賃貸借については昭和四〇年一〇月一日に土地賃貸借契約証書(甲第八号証、この期間満了日は昭和四一年九月三〇日)が作成されて以後昭和四六年一〇月六日に土地賃貸契約証書(甲第九号証)が作成されるまでの間、本件土地の賃貸借契約書が作成されなかつたことが明らかであり、控訴人が、この間の昭和四四年頃本件土地上に原判決の別紙物件目録の第二の一の(一)の建物を所有するにいたつたことは、前記認定のとおりである。しかしながら<証拠>を総合すれば、右のように賃貸借契約書が作成されなかつたのは、この間被控訴人側として右の賃貸借に関与していた秀雄が、これに関与できなかつたこと及び菊次郎は昭和四三年四月三日佐一は昭和四四年一〇月二日にそれぞれ死亡し、その後佐一の死亡に伴う本件土地の相続関係が未確定状態におかれたことによるものであることが認められ、他に右認定に反する証拠はなく、この事実と前認定の甲第九号証に特約文言が加えられた経過を総合して考えると、例え黙示的であつたにせよ前記の賃貸借が控訴人主張のようにあらためられたとは認めがたいし、他に控訴人のこの主張を認めるに足る証拠はない。従つて、控訴人の本件土地の賃借権は、前記認定の昭和四七年一〇月五日の経過により、賃貸期間の満了によつて消滅したものというべきである。

三請求の原因4項の事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば控訴人は、昭和四七年一〇月六日以降においても本件建物及び本件工作物の所有することによつて被控訴人の本件土地所有権の行使を妨げていることが明らかであるから、本件土地所有権に基づき被控訴人は控訴人に対し、本件建物及び本件工作物を収去して本件土地を明渡し、かつ昭和四七年一〇月六日から右明渡ずみまで賃料相当の損害金の支払を求める権利がある。そこで、右の賃料相当の損害金の額について見るに、本件当事者間において昭和四六年一〇月に合意された賃料が月金五万円であつたことは前記認定のとおりである。被控訴人は、昭和五〇年一月一日以降の賃料相当の損害金は、本件土地に関して賦課される固定資産税と都市計画税の合算額の倍額であると主張するけれども、何故右の金額をもつて相当とするかについては何ら立証するところがないから、この主張をそのまま採用することができない。しかしながら、一般に土地を賃貸する場合、賃貸人の負担に帰すべき土地の固定資産税及び都市計画税の合算額以下の金額を賃料と定めることは、特段の事情がない限りありえないことが経験則上明らかであり、本件においては、右の特段の事情の存在を認めるに足る証拠は存在しないから、右の税の合算額が前記約定の賃料額を超えたとき以降については、右の税の合算額をもつて、本件土地についての賃料相当の損害額と認めるのが相当である。そして、昭和五〇年以降昭和五四年度までの本件土地に関する固定資産税及び都市計画税の合算額が被控訴人主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、右の事実と弁論の全趣旨を総合すれば、右の税の合算額が前記約定の賃料額を超えるにいたつたのは昭和五一年一月一日以降であつて、その額は月金五万一一二二円、昭和五二年一月一日以降は月金六万四〇八二円、昭和五三年一月一日以降は月金七万四五二一円、昭和五四年一月一日以降は月金八万一九七三円となることが明らかであり、前記昭和四七年一〇月六日から昭和五〇年一二月三一日までの賃料相当損害金を前記約定賃料である月金五万円の割合をもつて計算し、昭和五一年一月一日以降昭和五三年一二月三一日までの賃料相当損害金を前記認定の税の合算額をもつて積算し、以上を合計すればその額が金四二一万八六三五円となることは計算上明らかである。従つて、被控訴人は控訴人に対し、前記の損害金として、右金四二一万八六三五円及び昭和五四年一月一日から本件土地明渡ずみまで月金八万一九七三円の割合による金員を支払う義務がある。

よつて、被控訴人の控訴人に対する損害金の請求(当審において拡張された請求を含む。)は、右の支払を求める限度において理由があり、その余の請求は失当として棄却をまぬかれない。

四以上のとおりであるから、本件控訴を失当として棄却し、附帯控訴に基づき一部趣旨を異にする原判決を変更し、当審において拡張された請求中前項において失当としてママ部分を棄却し、民訴法九六条、九二条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(綿引末男 田畑常彦 原島克己)

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